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大阪高等裁判所 平成3年(う)993号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高見秀一作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官重冨保男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判示第二の覚せい剤所持の事実について証拠とされた覚せい剤は、逮捕状も現行犯人逮捕の要件もないのに、被告人の身柄を拘束のうえパトカー内に連行し、更に被告人が拒否の意思を明確に表示していたにもかかわらず西警察署まで連行するという令状によらない逮捕行為をきっかけとして採取されたものであり、しかも令状に基づかずに被告人の手提げバッグを取り上げてその中身を取り出すという違法な押収及び所持品検査によって採取されたものであって、その鑑定書をも含めて証拠能力がなく、また右違法な逮捕手続による身柄拘束中に被告人から提出させた尿は、真に任意な意思に基づくものとはいえないから、尿の鑑定書も証拠とすることはできないにもかかわらず、これらを証拠として採用した原審の審理手続には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

よって記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、関係各証拠によれば、本件覚せい剤などの押収等に至る経過として以下の事実が認められる。

1  職務質問の現場及びパトカー内での状況

平成三年八月一四日午前七時四六分ころ、大阪府西警察署のA巡査部長及びB巡査の両名がパトカーで警邏中、被告人運転の普通乗用自動車が赤色信号を無視して走行したのを認めたのでサイレンを鳴らしてこれを追尾したところ、被告人車は一旦は停止したものの、同車を道路左側に寄せるようにとの警察官の指示には従わず、被告人は「これから気をつけるわ。」と怒鳴ってすぐに発車逃走した。

被告人が逃走した理由は、被告人がその時運転免許証を携帯しておらず、また、自宅にあるはずの運転免許証の有効期限も経過しており、しかも運転中の被告人車の車検も切れていたためであった。

そこでA巡査部長らはパトカーで被告人車を更に追跡したが、被告人車は高速道路内に入って約二キロメートル走行した後にようやく停車したので、職務質問をするため運転免許証を持って降車するよう指示したところ、被告人は両手を上げて降車してくるなどの不審な態度を示し、運転免許証も所持していなかったので、信号無視に加えて免許証不携帯の疑いが生じ、その処理のため職務質問を継続することにしたが、現場は高速道路上であるうえ、朝のラッシュ時のため渋滞するなどの状況にあり、交通上の危険が予想されたので、被告人の同意を得て被告人をパトカーの後部座席に乗車させ(なおその際、A巡査部長は被告人の腰に手を当てて被告人を乗車させているが、これは実力の行使とは認められない。)、氏名を問うなどしたところ、被告人は「甲野」と姓を名乗っただけで名を言わず、そのうち名は「二郎」であると答えたので、直ちに車載のパットシステムによる照会をしたところ、「コウノジロウ」と称する者の自動車運転免許の有効期限は約一箇月前に切れていることが判明したので、被告人に確認すると、運転免許証は自宅にあると思うが自宅には家族もおらず電話もない、と言うので無免許運転の強い疑いも生じた。

しかしながら、被告人の人定確認も不十分であり(被告人はこの段階では「ジロウ」という虚偽の名を名乗っていた。)、なお職務質問を続行する必要があったが、それ以上右現場に留まるのは前記のような危険が予想されたので、被告人を西警察署に任意同行して職務質問を続行しようと考えたA巡査部長は、被告人車の搬送の必要上他のパトカーの応援を求めるとともに、被告人に西警察署への任意同行を求めたところ、被告人はこれを承諾した。

これと相前後して、A巡査部長は、被告人の顔色が青白く、態度に落ち着きがなく、被告人の承諾を得てその腕を見たところ、両腕に注射痕があったところから、被告人に「シャブをやっているのか。」と問うたのに対し、被告人は、以前覚せい剤を使用したことはあるが、この注射痕は病院で注射してもらった際のものであると述べただけでその病院名を言わず、また、A巡査部長が被告人のズボンのポケットを外から触ったところ、何かが入っている様子であったので、被告人にその中身を取り出すよう求め、被告人はこれに応じてズボンのポケット内から注射針のキャップを取り出し、これは鉛筆のキャップであると説明するなどのことがあって、被告人に覚せい剤の所持ないし使用の疑いも生じた。(なおその際、警察官が注射針のキャップを被告人から取り上げたかどうかは判然としないが、かりに被告人の供述するように、被告人が警察官の隙をみて右キャップを口に入れて飲み込もうとした際これを落としたため、B巡査がこれを拾って取り上げてしまったものであるとしても、被告人の身体に危険を及ぼすおそれのあるかかる行為を阻止するために、警察官が右キャップを取り上げて一時的にこれを保管する程度の行為は、緊急の保護的行為として何らの違法性も有しないものと解される。)

ところが、被告人は、自車内に覚せい剤や注射針、注射筒などを所持していたところから、警察官によって被告人車を西警察署まで搬送されることになるとそれらの覚せい剤や注射針、注射筒などを隠匿処分する機会を失うことになるため、A巡査部長らに、任意同行であれば自分で被告人車を運転して西警察署まで行くからパトカーから降ろしてくれるよう求め、立ち上がって下車しようとしたが、被告人の左側にはA巡査部長が、右側にはB巡査が座っていて容易に下車することができない状況にあったうえ、警察官としては、無免許である疑いの強い被告人に自動車を運転させることはできないところから、A巡査部長が被告人の左手首を強く握って下車を阻止しようとし、しばらく被告人と揉み合ったりしたが、結局被告人は下車することができなかったので諦めておとなしくなり、被告人はパトカーに同乗したまま西警察署に向かうこととなった。なお被告人車は、その間に別のパトカーで応援に駆けつけた西警察署のC巡査が西警察署まで搬送することとなった。

2  西警察署における状況

その後、西警察署中庭に、被告人が同乗したパトカーと被告人車などが相次いで到着し、A巡査部長が、被告人に人定確認のための資料の提示を求めたところ、被告人は、自車の鞄の中にあるというのでこれを取りに行かせ、被告人が持ち出してきた手提げバッグの中身を被告人車の後部トランク上に取り出すよう求め、これに応じて被告人は手提げバッグのチャックを開けて、被告人の預金通帳、何かが包まれていると思われるタオル、チューインガムの空箱などを取り出したが、C巡査がこのタオルは何かと質問したところ、被告人が同巡査にタオルを差し出したので、同巡査が被告人の承諾を得てこれを開いてみたら、タオルの中から注射針と注射筒が出てきた。

そこで、C巡査が被告人に覚せい剤は持っていないかと問うたのに対し、被告人がチューインガムの空箱を指差したので、更に被告人の承諾を得て同巡査がその中に押し込まれていたティッシュペーパーを取り出し、これを開いてみたところ、ビニール袋に入った覚せい剤ようの結晶があり、被告人がこれを自己の所有物であると認めたので、被告人にマルキース試薬による予備検査を行うことの承諾を得て西警察署内でこれを実施したところ、陽性反応を示したため、同日午前八時四八分に被告人を覚せい剤不法所持の現行犯人として逮捕するとともに、右覚せい剤、注射針とそのケース、注射筒などを押収した。

当審における証人A、同Cの各証言によると、右タオル及びチューインガムの空箱の内容を調べるに際しての被告人の承諾は、その一方が口頭によるもので、他方がうなずくという態度によるものであったものと認められるが、いずれにせよ、被告人がこれらを拒否したことも拒否する態度を示したこともなかったものである。(なお、チューインガムの空箱の内容を調べることに対する被告人の承諾は、その中にあるティッシュペーパーを取り出すことのみではなく、そのティッシュペーパーの内容を改めることをも含むことは当然である。)

なお、A巡査部長は、右中庭で被告人の預金通帳の氏名を確認したところ、被告人の名が「二郎」ではなく「一郎」であることが判明したので、「甲野一郎」で大阪府警察本部情報管理課へ前科照会をさせたところ、右逮捕直前の同日午前八時四五分に、西警察署のD巡査が電話による被告人の前科照会回答を受け、これにより被告人には覚せい剤の前科五犯があることが判明した。

その後被告人の取調べが行われ、被告人はその日の早朝に覚せい剤を注射した旨供述したので、被告人に尿の提出を求め、これに応じて被告人が任意に尿を提出した結果、被告人の尿中から覚せい剤成分が検出された。

以上の1、2の事実が認められるところ、被告人は、原審においては起訴事実を全て認めて捜査の違法を何ら主張せず、当審において始めて、所論に沿い、かつ、以上の認定事実とも異なる供述をするに至ったが、その内容自体不自然かつ誇張に過ぎる点がうかがわれ、部分的にはともかく、全体的にみて信用性は低いといわざるをえず、他方、当審証人A、Cの各証言は、警察官に不利益な点も比較的素直に供述しているなど、信用性は高いものがあると判断される。

右認定事実によれば、被告人をパトカーの後部座席に乗車させるまでの間は、警察官の職務質問として違法な点はなかったものと認められる。

そこで、その後のパトカー内での状況について検討するに、A巡査部長が被告人のズボンのポケットを外から触った行為は、前記のような状況下にあっては、警察官職務執行法二条に基づく職務質問に付随する行為として許容されるものといえるが、被告人がパトカーから下車しようとするのを実力で阻止し、被告人の意思に反して被告人をそのままパトカー内に止まらせ、西警察署まで連行した行為は、実質上逮捕と同視できる状態に被告人を置いたものであって、後述するその下車阻止理由などを考慮してもなお許容されるものではなく、違法性を帯びるものと言わざるを得ない。

しかしながら、実力を行使してまでA巡査部長らが被告人をパトカーから下車させなかったのは、被告人の下車要求の理由が被告人車を運転して西警察署まで行くということであったため、警察官としては無免許であることの強い疑いが生じていた被告人に自動車を運転させることはできないと考え、その前段階で被告人の下車を実力で阻止したにすぎず、また被告人は、西警察署に行くこと自体は容認していたことをも考慮すると、右実力行使の際、警察官において令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったものとは到底認められず、その許容限度逸脱の程度は軽微であると考えられる。

そうだとすれば、その後の覚せい剤などの押収や採尿手続自体は右違法な先行手続によってもたらされた状態を利用して行われたものではあるが、右後行の証拠収集手続自体に違法な点は認められず、かつ、右先行手続の違法の程度が軽微であると認められるところよりして、後行する証拠収集手続の適法性、ひいてはこれにより収集された証拠の証拠能力には何らの影響も及ぼさないものと解される。

従って、右押収にかかる覚せい剤及びその鑑定書並びに被告人の尿の鑑定書を同意証拠として採用した原審の審理手続は適法であり、その余の所論にかんがみ更に検討しても、原審の訴訟手続には何らの法令違反も認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人を懲役二年二月に処した原判決の量刑は重きに失して不当である、というのである。

よって記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、覚せい剤の自己使用一件及び覚せい剤0.339グラムの所持一件の事案であるが、被告人は同種前科五犯を有して服役を重ね、平成三年一月にその最終刑の執行を終えたばかりであるのに、その後七箇月足らずで本件各犯行に及んだものであって、被告人の覚せい剤に対する親和性、依存性は極めて顕著であることに徴すれば、原判決の量刑は相当であって重きに失するとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、なお当審における訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上保之助 裁判官米田俊昭 裁判官寺田幸雄)

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